小学校にあがる前、今の体力からは想像できないくらい病弱だった私は
一日おきに電車に乗って市内の病院に通っていた。
そしてドアの透明なガラスにへばりつき、通りすぎていく看板の字を読むのが、唯一の楽しみだった。
ある時、線路ぞいの大きな看板を眺めていたら「わきが」という、ものすごく大きな字が書いてあった。
私はこの看板を見て、何だかとても気持ちが悪かった。
他の看板は、店の名前が書かれていたり、「すぐお伺いいたします」といった文章になっていた。
ところがあの看板は「わきが」で終わっている。
私は「わきが一体、どうしたんだろう?」と不思議でならなかった。
「わかいが痛い」「わきがかゆい」・・・・わきがのあとに続く言葉を色々考えたりした。
本当はちゃんとした文章が書きたかったのだが看板屋さんがものすごく大きく「わきが」と書いてしまったので限られたスペースに他の字が入らなくなってしまい、そのままになってしまったんだろうかと思ったりした。
「ねぇ、お母さん、わきがいったいどうしたんだろうねぇ?」私は母親に向かって看板を指さした。彼女はそれを一瞥すると「子供はそんなこと、気にしなくていいの」とそっけない態度をとった。
つづく