毎日、私は動物たちに虐待まではいかないが、おせっかいな行為をしていた。
おとなしく猫が寝ているのに「まぁ、気持ちよさそうね」などと言いながら、頭を撫でたりした。ハツカネズミに子供が生まれると、待ちきれなくて、ハツカネズミのお母さんに「ちょっと見せて頂戴ね」と赤ん坊ネズミが寝ている小さな紙箱をのぞいたりした。
猫に紙袋を切って作った、フラダンスの腰みのをはかせたり、インコのピーコちゃんに着脱可能のかつらをかぶせたりした。
これらを作ったのは私を冷たい人間と言った兄である。
腰みの、かつらを製作中の兄が、いつになく喜々としていたのは事実なのである。
今から思えば、本当に動物たちには可哀想なことをした。もちろん栄養のバランスを考えてエサをあげたり、ハツカネズミが風邪をひいた時も必死に看病をして回復させた。なるべく話かけたり体を撫でたりして、それなりにかわいがったつもりだが、それも、もしかしたら、彼らにとっては、いい迷惑だったかもしれない。
腹の中では「ご飯をもらったり、頭を撫でてもらったりしても、あんなことをされちゃ、たまんないよな。プラスマイナス、ゼロだよ。他に行くところがないから我慢しているだけさ」と文句を言っていたかもしれない。それをこちらが「かわいがってやっている」と思い込んでいる場合だってあるのだ。
例えば動物に服を着せるのも、私はああいうことが好きじゃないから、実は動物は嫌がっているんじゃないかと危惧するけれど、服を着せている人に聞くと「服を着せないと風邪をひく」「喜んで着ている」とさまざまな意見が出る。
つづく