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踏切と犬

踏切と犬

私は夕方、仕事帰りに買い出しに行くのだけれど、かなりの確率で出会う犬がいる。もちろん飼い主の中年女性と一緒だ。

最初に、その犬を見た時、踏切の前の地べたに横座りをしていた。犬によっては踏切を渡った時に、足を線路に引っ掛けたり挟んだりした経験があると、嫌がって渡らなくなる場合があるので、その子もそうかと思って見ていた。

ところが踏切の警報音が鳴り遮断機のポールが下り始めると、その犬は,しゃきっと座り直して目を輝かせている。そして電車が走ってくると、それまでワンとも鳴かなかったのに「キャン、キャン、キャン」と大声でほえながら、もの凄い勢いでその場で、自分の尻尾を追いかけるようにぐるぐると回り始めた。

踏切で電車の通過待ちをしていた人々も、最初はビックリしていたが、高速回転している姿を見て「ふふふ」と笑い始めた。不思議だけど面白くて可愛いと老若男女関係なく、みな笑いながら眺めていたのだ。

犬は踏切で会うたびに、同じことをしていた。私は踏切に近づいてくると「あの子はいるかな」と楽しみにしていた。

ある日、踏切に近づくと、例の犬が座っているのが見えた。

横道から歩いて来た、60代後半くらいの夫婦の夫のほうが「ほら、また、いるぞ、あのバカ犬が」と言った。ちゃかしたのではなく、本気で軽蔑するような口調で吐き捨てたのだ。私は犬の名前も知らないし、飼い主とも知り合いじゃないけれど「バカ犬とはなんだ!飼い主でもないあんたに、そんな事、言う権利なんかないだろ」と怒鳴りつけたくなるくらい驚き、腹が立ってきた。幸い、最前列にいた飼い主には聞こえず、犬と一緒に踏み切りを渡っていたのが幸いだった。

きっとその男性は自分以外のものを見下して、心ない言葉を発してきたに違いない。こういう慈しみの心が無い人は本当に嫌だ。同じ驚きでも犬は笑いを与えてくれたが、じいさんには不快感と怒りを味わわされた。

世の中には理解に苦しむ感覚の人も多いけれど、あの犬には傲慢なじいさんの発言にめげることなく、これからも力いっぱい高速回転を続けてもらいたい。