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健康法さまざま

健康法さまざま

知人が学生時代に、お世話になった男性の葬儀に行った時、棺のなかの顔の横に何かが置いてあった。場所が場所だし、顔を近づけて見るわけにもいかず、一体、何なのか気になって仕方なかった。

控室で友達に「顔の横に何か置いてあったよね?あれって一体何なの?」と聞いたらしい。すると友人は「かつ丼の切り抜き」と耳元でヒソヒソとささやいた。

「え??かつ丼??」・・・意味がわからず首をかしげていると、80歳で亡くなった彼は、医者からの指示でもないのに、何を根拠に、そう考えたのか?長生きしたいと自発的に肉断ちをしてから40年になっていたらしい。もしも葬儀について遺言があるならと、遺族が机の中を調べたら、常に持ち歩いていた手帳があったそうな。それを開いたら、かつ丼をはじめ、すきやき、ステーキといった肉料理の切り抜きが出て来たらしい。

よほど、長い間携帯していたらしく、どれもボロボロになっていたという。それで余りに大事にしていたので一緒に棺の中に入れてあげたと遺族が話していたらしい。

その話を聞いた知人と私の感想・・「そんなに未練があるなら肉、食えよ!!」

 

きっと彼は手帳を開くフリをして、かつ丼の切り抜きを眺めては食べたつもりになっていたんだと思う。80年の寿命が短かったのか長かったのかは本人に聞かないとわからないが、「命が2年、短くなったとしても、かつ丼を食べた方が良かったんじゃないか?」っと言いたくなった。

病気の治療で厳格に食事制限をされているのらともかく、かつ丼や、すきやきを、たまに食べる位、何も問題は無いと思う。

とても自分に厳しい人だったとは聞いてはいるけれど、幾ら健康の為とはいえ、手帳に挟んだかつ丼の切り抜きを、何十年も、じっと眺めている姿を想像すると、とても、悲しい。

どんな健康法をやったところで、いずれ寿命は来る。それを少しでも引き延ばしたいと言うのが健康法に関心を持つ理由だろう。

又、ダイエットと同様、確実なものがないから、次から次へ様々な方法が出現する。人それぞれ、体質もDNAも違うのだから、ひとくくりにするのは無理というもの。

私は軟弱の代表的な人間なので、食べたい物を我慢はしない。

我慢より食べたい欲求の方が勝ってしまい、いつも後で後悔する。

「あーーーあ、やっちゃった」っと後悔し、又、同じことの繰り返し。

亡くなる時に、この世に未練は残したくない。かつ丼の切り抜き事件を聞いてから、私は最低限の必要な我慢はするが、それ以外は「あーーあ、又、やってしもた」とへらへらしながら、微調整をしながら、これからも好きな物を食べて生きていくつもりである。