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母の病気3

母の病気3

私の母はとにかく決定的なダメージを受けている物でない限り、絶対に彼女は物を捨てない人である。

「もったいない」がまず頭に浮かぶこの年代の女性は、「もったいない」を押し通すあまり、とんでもない事をしでかす。私は実家から独立したときに文机を買った。分不相応なものだったが、これだったらずっと使えると思って買ったのだ。しかしそれで本を読んだり、書きものをしていたら、段々、姿勢が悪くなってきた。そこで普通の机をあらためて買い、文机はそのまま部屋の隅に置いておいた。それを「もったいない」病の母が見逃すわけがない。

「使ってないんだったら、ちょうだい。このままじゃもったいない。この上で手紙を書いたりするから」と、もう机をなでさすっている。

「いいけどさ、もう家に置く場所なんかないのでは?」確かに実家にも家具を置くスペースはなかったはずである。そういったのにも拘わらず、彼女は「大丈夫、片付ければ置けるから」と何度も何度も言う。そんなにしつこく言うならばと私も文机を手放す決心をしたのである。

それから何か月後、実家に帰った。文机はどこに置いたのかと見渡しても、どこにも姿はない。おかしいなと思いつつ、ふと居間にあるタンスに目をやったら、何とその上に文机がのっけられているではないか!!

「ほーら、だから言ったじゃん」すると彼女は「だって置くところはないけれど、もったいないんだもん」と言い放った。

彼女は「もったいない」が全ての免罪符になると思っている。

ある時、「これかずっと着物を着ようと思ってるの。だから髪の毛を伸ばして、シニョンにしようと思うんだけど」と相談された。いちおう、母も女であるから、自分のお洒落について考えることもあるらしい。私は「いいんじゃない」と言った。この年代の人の扱いはとても難しい。自分の身を飾ることに対して、興味はある反面、妙に遠慮がある。そんなことに、お金を遣ってもったいないと考えているようだ。それじゃ、お金を何に遣ってるんだというと、たいしたものには遣っていない。通販のただの場所ふさぎでしかない、大型室内布団干しとか、買ったおかげでますます部屋が狭くなる収納家具とか、ろくな物を買っていないのだ。

それなら歳もとってきたことだし、少しでも薄汚くならないように、身ぎれいにしたらいいと思うのに、そういう事には抵抗がある。自分の身の周りのことは、自分の手で出来る範囲でやりたい。それ以上の事には必ず「もったいない」が付いて回るのである。

つづく