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隠れ家

隠れ家

いっとき、隠れ宿が流行った。オジサン向けの雑誌の表紙には、毎号、「隠れ宿」の文字が載り、特集も出ていた。

「そんなに毎回、紹介できるほど、隠れ宿があるのか?」とても不思議に思っていた。一体、彼らは何から隠れ、何を隠したいのか・・・すでに出世は見込めなくなった会社からか、強大な力を持つ妻からか、借金取りからか?あれだけ飽きずに、紹介され続けるのは、それなりの隠れたくて仕方のない理由があるのだろうと思っていた。

それが今回、お盆休みに、お母様を連れて、日本の老舗旅館に泊まりに行って来たと言う、お客様の話を聞いて、ぶったまげてしまった。

名前の通った旅館だし、露天風呂もあるし、親もその方が喜ぶと思い込んでいたらしい。

彼女が旅館の玄関に入った途端、ただならぬ雰囲気が漂っていた。だいたい、日本旅館の老舗旅館は一歩、足を踏み入れると季節を問わず、清潔で清々しい感じがするものだ。ほんのりと、お香の香りも漂ったりして、おごそかな感じもする。ところが彼女曰く「エッチくさい」雰囲気が館内に充満していたそう。

仲居さんに案内されて部屋に入ったら、窓を開けても空気がどんよりしているし、せっかく親を連れてきたのにと、彼女は心底げんなりしたらしい。

食事を済ませ、大浴場に行った彼女は、その理由がわかった。

次々と風呂に入ってくるのは20代半ばから30歳前後の女性ばかりで、老舗旅館に泊まる率が高い中高年女性は自分と親しかいなかった。その旅館は若いOLが、おいそれと宿泊できるような所ではない。友達同士で泊まっているなら風呂に入った時に楽しそうに雑談したりしているはずなのに、女性は皆、単独行動でグループで来てるような人も見かけない。彼女は湯船につかりながら「なーーるほど、そういうことか」

「あの旅館は今では、不倫客が使う隠れ宿になっているのよ。だから、あんな変な雰囲気なんだわ。早く帰りたくてたまらなかったわ」

幸い、彼女の親は、そんなことは全く気にせず「意外に若い人が多いのねぇ」とお湯につかり、のんびりしているのが救いだったそうだ。

その翌朝、彼女が窓の外を見ると、隠れ宿を満喫した男女たちが、外車に乗って帰る姿が見えたらしい。男性は皆、中年で、それなりに金は持っていそうだったが若い女性を連れてニヤケていたそう。

「俺って、ちょいワルおやじ」とも言いたげに、頭髪の薄い扁平顔に派手なイタリアンファッションで隠れ宿に共に泊まりたいと思えるような男性は皆無だったらしい。

その話を聞いて、深く共感した。私は隠れ宿に行った事は無いが、現実に不倫をしている男女はこれまでに何人も知っている。

その中で「彼となら不倫をするのもわかる」とうなずく男性は一人もいなかった。それどころか「妻をめとっただけでも奇跡に近いのに、よくもまぁ、若い愛人まで」と呆れたくなる人が殆どであった。

隠れ宿に同行する若い女性は、楽しいから行くのだろうが、その相手があれでいいのか?聞きたい。金を持っていれば、どんな男でもいいのか?

愛人、隠れ宿の女というキーワードが不倫体質の女性をいい気分にさせる。

帰りがけに、これまた胡散臭い女将に「また、どうぞ」と見送られて、一応「はい」と返事はしたものの、二度と来るもんかと心底怒っていた。散々な、お盆休みの旅行だったらしい。